CLANNADは色々なヒロインがいます。
そのヒロインの数だけ、岡崎の嫁はいます。
アンチなどの人もいますが・・・・今回は、岡崎朋也×春原芽衣でお送りしようと思います。
主演 岡崎朋也
共演 春原陽平 春原芽衣 古河渚 古河早苗 古河秋生 芳野公子
一ノ瀬ことみ 藤林杏 藤林椋 仁科りえ 杉坂 磯貝さん 柊勝平
名前だけの登場もありますが・・・そこは愛嬌と言う事で・・・・・
それでは、続きは幕の向こうで。
最高の誕生日
俺はこの町が嫌いだった。
だった、と言うのも既に過去の話だからだ。
あの春。俺は人生で色々と世話を焼いた・・・焼いたというよりも巻き込まれたと言った方がいいのか・・・・・・
とにかく、俺は今はこの町が嫌いではない。なんだかんだ言って楽しいからな。
あの時、最後の高校生活を過したメンバーは今でも仲良くやってる。
高校を卒業して4年。
俺は21歳になり、卒業してから俺は芳野さんと同じ電気工として町に明かりを灯している。
一方、春原は地元で元気にやっているらしい。
10月2日(土)
今日は、その春原から電話がかかってきた。
ピリリリリリ、ピッ
「はい、もしもし」
『やあ、岡崎・・・元気?』
俺は返事をしなかった。
『あれ? おっかしいな・・・おーい、岡崎』
「誰だ・・・・・・お前」
『アンタ、ひどいっすねぇ! せっかく親友が電話をしてきたってのにっ!』
電話越しに叫ぶような声。
「で、どうした春原。お前から電話なんて珍しい」
そう、春原から電話が来るのは初めてだ。
『そうだね、なんだかんだで岡崎からすぐ電話来るからね』
「すぐじゃない、一週間後だ」
『そんなに放っとかなくてもいいと思うんですけどねぇ!』
話が進まないので、悪い悪いと春原を落ち着かせ
「で、結局どうしたんだ?」
『あ、ああ、ほら今月って智代の誕生日だろ』
「そういえば・・・そうだったな」
その一言で思い出す。そうだ、確か10月14日は智代の誕生日だったな。
智代は確か、友人の宮沢と、合唱部だった仁科や杉坂と同じ大学に通っているはずだ。
『ほら、僕らって誰かの誕生日とかしか集まれないじゃんか』
社会人になってから、普段会うことは滅多に無くなってしまったが、こういう機会を作って集まっている。
『今回は僕が企画委員に、って杏に決められてたからね』
「あー、そういえばそうだっけ」
うん、確か前の集まりの時に杏に無理矢理決められてた気がする。
『だからさ、岡崎・・・、誕プレ代折半にしない?』
「・・・・・・なんで」
『ふ、二人で払えばさ、高い物も買えるからさ』
明らかに動揺を隠せていない春原の声。
「本音は?」
『いやー、先月ちょっと無駄遣いしちゃってさー』
「一人で用意してくれ、じゃあな」ピッ
半ば強制的に電話を切り、ふぅ・・・俺は溜息をついた。
「誕生日ねぇ・・・なに買うかな」
そう呟き、寝ることにした。
10月3日(日)
今日は仕事も休みなので、智代の誕プレを買う為に商店街にやって来た。
「それにしても・・・・智代って何が欲しいのかさっぱり分からん」
来てみたはいいが、女の欲しいがるような物は宝石・服・美味しい物しか分からない。
「でもな・・・そういう物を欲しがるやつじゃないよな」
そう、どちらかと言うと智代は宝石より女の子らしい物の方がいいだろう。
「なら・・・ぬいぐるみとかか?」
そう呟き、近くのおもちゃ屋に向う。
「どれがいいか・・・・・・クマか、いや・・・ヒツジか?」
目に留まったヒツジとクマのぬいぐるみ相手に、俺はうーん、うーんと悩んでいた。
「あれ? 朋也じゃない」
声をかけられ振り返る。
「ん? あ、杏・・・・なんでここに?」
そこには杏がいた。確か今はこの近くの幼稚園で先生をやっているはずだ。
「なんでって・・・智代の誕生日プレゼント買う為じゃない」
「それもそうか・・・で、なに買うか決まってるのか?」
「朋也は?」
同じ物を買ってしまっては意味が無いと正直に話す。
「ふーん、なら朋也はクマ買いなさい、私がヒツジ買うから」
「おう、わかった」
そう言って俺はクマを取り、値札を見る・・・・・・8千円ちょいと高めだが
「まあ、喜んでもらえればいいか」
そう安易に思っていると・・・・・・
「それじゃ、私はこれ買ってくるね」
杏はそう言うや否や、走ってレジにヒツジを持って行ってしまった。
俺はふとヒツジの値段が気になり、値札を見てみた。
「・・・・・・はめられた」
ヒツジの値段は3千円とクマに比べると安価であった。
「ほら、朋也も早く買って来なさいよ」
平然と言うコイツを懲らしめても罰は当たらないと思うのだが・・・返り討ちに厚い本が飛んでくるから止めた・
・・・・・
「あ、ああ」
なんとも情けない、俺はそう思うが人生しかたない事もあると思い、諦める。
智代の誕生日プレゼントを買い、杏と二人商店街を歩く。
「そう言えば藤林って、今・・・看護婦になる為に研修中だっけ?」
「そうよ、それで確かことみはアメリカの大学だったわよね」
「ああ、一昨日に手紙来たから、まだ向こうにいるんだろうけどな」
そう、みんな元気にやっている。
「それじゃ、部長の所に行ってみましょうか、誕生会の相談もしたいし」
「ああ、古河のところか……最後にいつ行ったっけな」
演劇部を再興しようと頑張っていた古河。まあ、色々あって俺達が入部して劇も一応成功したしな。
卒業後は、確か実家の『古河パン』を手伝っているんだったかな・・・…
「なーに、お爺ちゃんみたいな顔してんのよ」
「え? ああ、ちょっと高校の時のこと思い出して」
「確かに色々あったわねー、ことみの誕生日もそういえば大変だったわね」
「ああ、でも……あのお陰で吹っ切れたわけだし、それにバイオリンも凄かった、いや凄まじいって言うのか?」
杏と二人、思い出して笑った、高校の時のように。
ああ、今でもこんな風に俺って笑えるのな。でも、なんか違う気がするな・・・・・・
「あとは、そうそう・・・伊吹、あ、今違うよね、芳野先生の結婚式・・・綺麗だったなぁ」
「そうだな、公子さんと芳野さんの結婚式もいい思い出だな・・・てか、アレ企画したの俺と古河だったみたいだが・・・なんで俺、頑張ってたんだろ?」
二人で頭を傾げるがよくわからない。
「まあ、でも幸せそうだったし、いっか」
「そうよね、はいっ、到着」
杏がそう言った瞬間。横を誰かが通り過ぎた。
「わたしのパンは、古河パンの最終兵器だったんですねぇぇぇぇ」
「俺は大好きだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
早苗さんとオッサンだ。
「あははは、いつも通りね」
呆れたような声で言う杏。
「そうだな・・・よっ、古河」
俺らはオッサン達を見送り、店内に入ると古河がレジの所にぽつんと立っていた。
「あ、岡崎さんに杏ちゃん、お久しぶりです」
「お久しぶり、渚・・・・・・で、今日は何したのよ・・・・・あんたのお父さん」
「えっと、これを見て貰えれば・・・・・・」
そう言って古河が俺にパン?を差し出す。
「・・・・・・これってパンか?」
「・・・・・・はい」
「「「・・・・・・・・・・・・」」」
3人は黙り込んでしまう。
パン・・・と形容していい物か分からないが、一応説明しておこう。
見た目は黒く、光沢があって形はどこかラグビーボールの様な形をしている。砲弾の様な物体だ。
「一応、聞いていいか? 材料はなんなんだ?」
恐る恐る聞いてみた。
「確か・・・・・・海苔とクリを練り込んで、表面にオリーブオイルを塗ったって言ってました」
「まあ、見た目兵器だからなコレ・・・・・・味はどうなんだ?」
「いや、朋也・・・そこ気になる前に、食べれるかの問題じゃないの?」
「お父さんが食べました・・・けど、顔色が緑色になって、その後に今度は青くなって・・・」
『早苗、お前のパンで死ねるなら本望だ・・・・・・しかし、このパンは最終兵器だ、絶対売りに出すんじゃない』
「そう言ってました、えへへ」
どこをどう解釈すれば「えへへ」が出るんだ古河。
それからしばらくして・・・・・・
「あら、岡崎さんに杏さん、どうしたんですか?」
早苗さんが戻ってきた。
「ちっす、お邪魔してまーす」
「お邪魔してます」
「お母さん、相談があります」
俺と杏が挨拶を終えると、古河は早苗さんに俺達で相談して決めた事を聞いてくれた。
「今月の14日に、私達のお友達の坂上さんのお誕生日があるんですけど・・・家で開いちゃダメですか? お誕生会」
「わたしは一向に構いませんよ」ニコッ
一発オーケー。さっすが早苗さん。
「俺も拒否はしねえ」キリッ
オッサン、あんたいつからそこで聞いてた。
「ありがとうございます、お父さん、お母さん」
その後、智代のお誕生会を計画していると時間は夕暮れ。
「岡崎さんに杏さん、今日はうちで夕食を食べて行ってください」ニコッ
早苗さんに笑顔でそう言われ、古河家に杏と二人加わって夕飯をご馳走になった。
計画も練り終わり、古河家からの帰り道。
「なあ、杏・・・俺たちは変わっていってるけどさ、基本は高校の時のままだよな」
「そうねえ・・・・陽平なんて髪の色だけ変わっちゃったけどさ、中身なんて実は高校の時より退化してるんじゃない?」
「ぷっ、杏・・・それ言い過ぎ、くくっ・・・・・・」
「「あははははははっ」」
久しぶりに大笑いしたかも。
「それじゃ、あたしこっちだから」
杏は曲がり角でそう言った。
「送ってくぞ? 場所も遠くないし」
「いいわよ、あんたもあたしの強さ知ってるでしょ?」
「だけどな・・・一応、女の子だろ」
俺は触れてはいけない片鱗のような一言を言ってしまった。
「一応・・・ねぇ・・・・・・」ヒュンッ
ゴシャァァァァッ!
広辞苑が俺の顔2mm横を通り、背後の石の塀に突き刺さった。
「あたしが男にでも見える?」ゴゴゴゴゴッ
覇気が見えるような杏。
「いえ、普通に可愛い女の子です」
棒読みであったが言っておかないと多分、先に待っているのは『死』だ。
「分かればよろしい、でも、見送りはここでいいわ、それじゃあね」
大きく手を振って走って行く杏・・・。
「杏も高校の時と変わらねえな」
ふっ、と軽く笑い俺も自分のアパートを目指す。
10月10日(日)
今日は仕事も休み、一週間働いた自分へのご褒美のような日だ。
「なにすっかな・・・」
当然、彼女もいなければ高校の時の連れのバカもいない
「俺って男の知り合いで遊べる奴少なくねえか・・・」
今更になって高校時代の後悔・・・はしない、というよりもする必要がない。
「なんだかんだ言っても進学校だったからな、性格に問題ある奴もいたし」
そう言って本日の課題に戻る。すると・・・・・・
コンコンッ
小さく控えめなノック音。
誰だ? 控えめなノック音からして・・・ことみか? いや、まだ帰ってきてないだろ・・・。
・・・・・・古河? いや、今日もパン屋でお手伝いだろ。・・・・・・誰だ?
コンコンッ
「はーい、今開けます」ドタドタッ
俺は誰かわからないため、新聞の勧誘かと仮定して、荒く足音を立てて向った。
戸を開けるとそこには・・・・・・
「よっ、岡崎」
「誰だ? お前」
「あんた、ほん〜〜〜っとに酷いっすねぇ!」
春原だ。あの春原だ。バカで、ヘタレで、ミジンコのような春原だ。
「なあ岡崎、今物凄く失礼な事考えなかった?」
「おお、よくわかったな、バカでヘタレなミジンコ」
「既に人じゃなくなってますよねぇ! それっ!」
現在、午前8時・・・意外とまだ早い時間帯。
カチャ「少し騒ぎ過ぎですよ、岡崎さん」
「あ、すみません」ペコ
お隣さんから怒られてしまった。
「まあ、入れよ」ギィ
「お邪魔しまーす」パタンッ
俺は渋々、春原を部屋の中に招き入れる。
「で、岡崎・・・・・・聞いて欲しいことがあるんだ」
「なんだよ」
聞く気もないような、メンドクサイとでも言うような態度で春原に返事をする俺。
「いや、聞いてくださいお願いします」ガシィッ
俺の両肩を掴み、春原は泣いて頼んできた。
「はぁ・・・で、なんだよ」
溜息1つ、俺は春原と向き合う。
「岡崎の職場に僕を紹介してください・・・」
「・・・・・・は?」
「いや、だから岡崎の職場に僕を紹介してください」
何を言ってるんだ? コイツ・・・・・・
「地元の会社は?」
「この不景気で経理担当が金持って逃げて、潰れた・・・・・・」
「「・・・・・・・・・・・・」」
長い、長い沈黙。
「春原・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
期待するように俺を見てくる春原。
「元気でな」
ズルッ
「ちょっ、あんたっ! そりゃないんじゃないですかねっ!」
「それが人に頼む態度か?」
「すみませんでしたっ! 是非ともお力をお貸し下さい」
見事な土下座。すでに春原の土下座には価値なんてないかもしれない。
「しょうがねえな・・・・・・」
俺は立ち上がり、出かける支度をする。そして・・・・・・
「ほら、行くぞ」
「あ、ああ」
俺に春原はついて来た。
俺と春原は、俺の職場の事務所に来ていた。
「これから、俺は親方に話ししてくるからおまえはここで待ってろ」
そう言って俺は中に入る。
「あれ? 岡崎君、今日って休みじゃなかったっけ?」
すると俺を見つけた親方は頭を傾げ、そう言ってきた。
「あ、はい・・・それはそうなんですが、親方、今社員募集ってしてますか?」
「うん? うーん、一人くらいなら欲しいところだけどね」
「あの、俺の腐れ縁の奴が会社倒産で俺のとこに転がり込んで来てるんですが・・・雇ってもらえませんか?」
本来なら春原に言わせるのだが、それで断られて俺の部屋に永住なんてされたらこっちが困るから俺が頼む。
「ふむ・・・岡崎君の知り合いなら大丈夫そうだし、一度連れてきなさい、仕事説明して大丈夫そうなら採用だから」
「あ、ありがとうございますっ! ・・・あー、それで親方」
「ん? どうした」
「今、そいつ外に連れてきてるんですけど・・・どうしましょう?」
出入り口を指差し、俺は親方に尋ねる。
「それなら今聞いてもらえれば月曜から働けるね、うん、中に呼んできなさい」
そう言って親方は奥の方に入っていった。
俺は春原を呼びに外に出た。
そして・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・ということだけど、えっと春原君だったね、大丈夫かな?」
「あ、はい・・・その、よろしくお願いしますっ」
春原は親方に頭を下げた。
「岡崎ありがとう、岡崎のお陰で仕事見つかったよ」
そして、俺の方を向いて俺にも頭を下げる春原。
昼過ぎ。俺と春原は商店街を歩いていた。
「おまえ、智代の誕プレ買ったのか?」
「ああ、それは任せてくれ、しっかりかって岡崎の部屋においてきた」
「って、俺の部屋に泊まる気かよっ!」
「今日ぐらい頼むよ」
手を合わせて俺に頼んでくる春原。
「なんか、おまえのキャラと違うくないか?」
半眼で春原をじっと見ることした。
「いやだな・・・ちょっと色々ショックな事が続いてさ・・・・・・それで少しおかしく見えるんじゃないかな」
「春原・・・」
「ん? どうした岡崎」
「おまえが可笑しく見えない時はない」
「って、あんたにはいつも僕がどんな風に見えてんすか!」
やっぱ、春原は春原のままか。俺は少し安心してしまった。
それからしばらく歩いて、ある店の前で止まる。
「なあ、岡崎・・・・ここ寄っていかない?」
春原がそう言ってきた。
「ここって・・・・・・本当に寄る気か?」
ここは古着の衣装屋で、超激安で劇とかの衣装を売っていたりする。需要があるのかはわからないが・・・・・・
「誕生会、皆でコスプレっぽくしようぜ、岡崎」
「一人でやってくれ」
テンションの上がる春原を置き去りに俺は歩き出していた。
「ちょ、待てよ岡崎ー」
春原が何か言っているようだが、俺はシカトして商店街を出た。
そして行き着いたのは、昔通っていた高校の桜の木のある坂。
「この桜、確か智代が守ったんだよな・・・」
木の幹に触れ、上を見上げる。
葉は既に落ち、しなやかな枝が空を覆っていた。
「あれ? 岡崎さん?」
不意に声をかけられた。
声の方を見ると、どこかしっかりした面持ちでどこか懐かしい女子高校生が立っていた。
「え、えっと・・・誰だっけ?」
ガーン・・・、そう聞こえる様なほど落ち込んでしまった。
「え、あ・・・悪い、・・・・・・ちょっと顔をよーく見せてくれ」
俺は近寄って、顔をじっと見つめる。
「あの・・・・・・少し恥ずかしいんですけど」
「あぁぁぁぁっ!!!! 思い出した、ってか綺麗になり過ぎだろ・・・芽衣ちゃん」
「えへへ、やっと気付いてくれました?」
そう、綺麗になってて気付かなかったが春原の妹、芽衣ちゃんだった。
「いや、気付かなくて悪かったよ」
俺は苦笑いをしながら頭を掻いた。
「それより岡崎さん、なんでこんな所で黄昏てたんですか? こんなとこにいたら普通に不審者ですよ」
辺りを見渡してこそっと俺に耳打ちしてくる。
「あー、ただ昔の思い出に浸ってたんだ」
「そうですか」
「ああ、古河やことみ、杏や春原・・・智代に勝平とか色々あったからな、5年前は・・・もちろん芽衣ちゃんのことも」
「その割には思い出してくれませんでしたよね」
意地悪そうに笑う芽衣ちゃんは5年前と変わらないが、以前よりも綺麗で可愛い。
「いや、それは芽衣ちゃんが綺麗になってたからで・・・・・・っていうか芽衣ちゃん、ここの学校に通ってたんだな」
「へ? 岡崎さん、おにいちゃんから聞いてなかったんですか?」
「あ、ああ」
俺がそう答えると、芽衣ちゃんはクルリと背を向けプルプルと震えていた。
「おーい、どうした?」
「あ、いえ・・・気にしないで下さい、あは、あははは」
なんか無理矢理笑っている気がするが・・・気の所為か。
「あ、そうだ・・・今、春原帰ってきてんだけどさ、知ってたか?」
「え? おにいちゃん、こっちに来てるんですか?」
どうやら芽衣ちゃんには春原は伝えてなかったようだ・・・
「あ、ああ・・・今、俺のアパートに来てる」
「はぁ〜・・・岡崎さん、すみません」
芽衣ちゃんは、俺に頭を下げる。・・・・・・春原、お前に久しぶりに殺意が芽生えたぞ。
「それじゃ、俺行くわ」
「あ、わたしも行きますよ・・・おにいちゃんに喝を入れないと」
そう息巻いて芽衣ちゃんは「さあ、行きましょう」と俺を引っ張る。
結果。誰もいない俺の部屋に芽衣ちゃんと俺は二人きりになる。
「そういや、春原が鍵持ってるはずないのな」
俺は部屋についてからそのことに気がついた・・・・・・
「岡崎さん、夕食とかどうしてるんですか?」
「ん? いつもは俺が適当に作るんだが・・・あ、春原は今日来たから関係なしな」
俺は芽衣ちゃんにそういうと台所に立ち、お湯を沸かす。
「今、お茶淹れるからちょっと待っててくれ」
「はーい」
客にお茶淹れるって初めてかもな・・・あ、春原に出してなかった。
「まっ、いいか」
ガサガサッ
ん? と俺は物音のした背後を見る。
「なにやってるんだ?」
「え? ゴミを片付けているんですけど」
「いや、そんなことやらなくていいぞ?」
「気になったんで・・・迷惑でした?」
「迷惑じゃないけど・・・お客にやらせるのは、ちょっとな」
春原なら別にいいんだが・・・
「気にしないで下さい、おにいちゃんもお世話になるみたいですし」
「・・・・・・それじゃ、お願いするよ」
俺は少し考えた後に芽衣ちゃんにそう言った。
ズズー・・・・・・俺と芽衣ちゃんは、片付けの終わった部屋で二人お茶を飲んでいる。
「春原の奴遅いな・・・」
「ですねー」
現在4時、本来なら夕飯の買出しに行ったりする時間。
「夕飯の買出し行かないとな」
「あ、それなら一度買いに商店街に行きますか?」
「だな、春原待ってても飯が作れる材料が出てくるわけないし」
俺と芽衣ちゃんは部屋を出て商店街に向う。
「今日はなににするか・・・」
春原もいることだし少し多めに仕入れなきゃいけない。
「今日のご飯、わたしが作りますよ」
芽衣ちゃんは買い物の際にそう言ってきた。
「いや、悪いよ・・・掃除もしてもらったのにさ」
「いいんですよ、どうせおにいちゃんのことだから明日からも泊まりますよ?」
「なんでわかるんだ?」
「いや、岡崎さんの所に来たってことは会社でもクビになったはずですから」
「いや、倒産な」
「・・・・・・・・・・・・」
事実を言った途端に芽衣ちゃんは固まった。
「おにいちゃんの所為ですか・・・あわわわ、なんてことを・・・」
「いや、春原の所為じゃなくて経理担当が金持ち逃げしたらしいぞ」
「ふぅ・・・すみません、取り乱しました」
やはり春原の事となると心配になるんだろう。
「いいさ、それだけ心配なんだろ?」
「はい・・・」
「仕事は俺の職場を紹介して雇って貰えることになったから、気にしなくて大丈夫だぞ?」
「そうなんですか・・・岡崎さん、ありがとうございます。」
芽衣ちゃんは頭を下げる。
「そういえば芽衣ちゃんは何で日曜日に学校にいたんだ?」
俺は思い出したかのように聞いた、そういえば今日は日曜だ。
「志望校への資料の提出を終らせたんですよ」
「あれ? 芽衣ちゃんもう大学受かったの?」
でも、前期試験ってこんなに早かったか?
「ちがいますよ、専門学校です・・・AO試験だったので夏休みの間に受かりました」
「へー、なんの専門学校なんだ?」
「調理です」
まじか・・・、やべえ・・・すこし夕飯楽しみかも
「岡崎さーん、これなんかどうですかー」
俺が少し考えているうちに芽衣ちゃんは肉屋の方にいた。
「おお、今行く」
どうやら今夜は美味しいものが食べられるようだ。
買い物を済ませ、部屋に帰ると春原が戸の前でうなだれていた。
「よっ、今帰ったぞ」
「おっせーよ! 別れてから5時間経ってるってのにどこ・・・って芽衣?」
途中まで怒りかけて春原は、俺の隣に立つ自身の妹の存在に気付いた。
「おにいちゃん・・・会社クビになったならさ、わたしにも言ってよ・・・・・・」
「・・・・・・うん、悪かったよ」
空気が重くなりかけた所で・・・
「はいはい、ここでそんな暗い話をしない・・・続きは中に入ってからだ、な?」
俺はそう言って二人を部屋に入れた。
「それで、だ・・・春原」
「なんだよ岡崎」
俺らは、小声で台所で自身の腕を振るって料理を作る芽衣ちゃんに聞こえないように会話をする。
「なんで俺に芽衣ちゃんが、あの高校に通ってること言っておかないんだよ、ビックリしただろうが」
「あれ〜? 言ってなかったっけ・・・」
ワザと言ってないという感じがバレバレだぞ、春原・・・
「まあ、それはおいておくとして・・・俺以外の奴は知ってんのか?」
「そりゃ知ってるよ、僕が挨拶回りしたしね」ゴンッ
俺は一発春原を殴った。
「なにするんだよっ!!」
「あ、悪い手が滑った」ゴンッ!!!
もう一発殴った。
「〜〜〜〜〜〜〜ッ」
どうやら、同じ所+倍の威力での所為か、声も出ないらしい。コレは新しい発見だ。
「でも、俺は誰からも聞いた事ないぞ・・・・誰か教えてくれてもいいだろ、普通・・・」
「それは、僕が口止めしてもらってたからさ」ミシッ
左で顔面にストレート。
俺に春原が沈められたところで、何も知らない芽衣ちゃんが料理を運んできた。
「鶏唐の甘酢あんかけです」
「すげー」
俺は単純に驚いた。まさかここまでの物が出てくるとは思っていなかった。
「別に驚くほどの物じゃないですよ」
顔を赤らめ、照れるように謙遜をする芽衣ちゃん。
「それじゃ、いただきまー・・・ぐふっ!」
一人先に食べようとした春原を俺は蹴っ飛ばす。
「ちゃんと皆で食おうな?」
俺は春原に諭す(脅す)様に言って頷かせる。
飯を食べ終えると俺は皿を洗っていた。
春原は芽衣ちゃんを送って行く・・・と言って聞かなかったから、俺がここに一人残って皿を洗っているわけだ。
「ったく、春原のやつ・・・普通は俺が芽衣ちゃんを送ってお前が皿洗いだろ」
俺はぶつぶつと言って皿を洗う。
「まあ、久しぶりに会うんだろうからな・・・今回は許してやるか」
皿が洗い終わっても帰ってこないのを考えるとちゃんと寮まで送って行った様だ。
「先に風呂にでも入るか・・・」
そう言って俺は風呂に入る。
風呂を上がると、春原が入り口の戸から入ってくる所だった。
「ちゃんと送ってきたか?」
「ああ、思いっきりお前に言ってなかったとかキレられましたけどねっ!」
なんだろう・・・春原が荒んでる。まあ確かに頭の中は、くもの巣が張るほど荒んでいるが・・・
「余計なお世話だよっ! って、僕は何に対して突っ込んでるんだろ・・・・」
頭を抱えて悩みだす春原。
「お前まず風呂入っちまえよ」
それから20分位して話が戻る。
「で、芽衣ちゃんに怒られたのは自業自得じゃないか」
結果からして言えばそうでしかない。
「いや、ちゃんと岡崎に言えなかった理由というか・・・なんというか」
今日は本当に春原が春原らしくない・・・
「おまえなぁ・・・ほんとにどうした? らしくないぞ・・・」
「じゃあ、仮にって事で聞いてくれるか岡崎? 今から言う人物、関係者は実在しません・・・ってことで」
どこのフィクションドラマだ・・・
「ああ・・・わかった」
俺は頷く。
「あるところに仲のいい兄妹がいました」
おい・・・すでに、おまえらの事ってのが伝わって来るんだが・・・。だが俺は、今突っ込むのを我慢して聞いていく。
「〜それでまあ、兄の親友の助けで兄妹は助かりました・・・これがプロロードね」
それを言うならプロローグだ、バカ。
「まだ続くのかよ・・・てかさ、そこいらねーだろ・・・おまえと芽衣ちゃんと俺の話じゃねえか、知ってるよ」
「だから仮の話って言っただろ岡崎っ!」
どうやら今夜は騒がしいまま終るらしい・・・結局、話を聞き終わったのが2時過ぎだった。
10月13日(水)
今俺は仕事を終えて帰宅する途中だ。しかし、俺の意識は月曜からここにあらず・・・
原因を作ったのは春原のバカ野郎だ。そのバカ野郎はとっくに俺の部屋に帰ってしまっている。
「はぁ・・・どんな顔して会えばいいんだよ」
俺は誰に言うのでもなく呟き・・・日曜日に春原に言われた事を思い出す。
「なあ、岡崎・・・芽衣にさ、好きな奴が出来たって言ったらどうする?」
そう、日曜日・・・いや、正確には月曜の午前2時か・・・俺は春原に最後の話だからと押し切られ、話を聞いていた。
「ん、そりゃいいことじゃないのか?」
俺は、あの芽衣ちゃんにも好きな奴か、どんな奴だろうなぁ・・・と考えて答えた。
「そうだけどさ、でもさ・・・振られたら芽衣が泣いちゃうかもしれないぜ」
「そうなったら俺らでそいつボコリに行こう・・・それでいいだろ? おまえも早いんだから寝ろよ・・・」
俺はそう言って春原の話を遮り、ごろんと横になった。
「岡崎・・・その好きな奴って、おまえだぜ?」
・・・・・・はぁ?
「ちょ、ちょっと待て、春原・・・なんの冗談だ?」
俺の眠気は吹き飛んだ。
「冗談も何も、卒業して実家に帰ってからおまえのこと何回も聞かれりゃさ・・・嫌でも気付くって」
ははは、と笑う春原は兄としては複雑なのではないだろうか。
「おまえはいいのかよ」
もう既に眠気は吹き飛んでいるので、俺らは布団にあぐらで座って対峙している。
「岡崎、僕はあの時言っただろ? おまえならいいってさ」
俺の問にさわやかな笑顔で答える春原。
「だからさ・・・岡崎、芽衣を幸せにしてやってくれ」
真剣な顔の春原。あの日・・・芽衣ちゃんを泣かしたサッカー部に、殴りこみに行った時に見せた顔だ。
「すこし・・・考えさせてくれないか」
「うん・・・わかった」
そう、それから俺は悩んでいる。
「はぁ・・・芽衣ちゃんか、俺のどこがいいんだかな・・・」
俺は溜息を一つ吐き、ある場所に向う。
「小僧、どうしたこんな所で」
古河パン前の公園で、ベンチに座りぼーっとしていた俺はバットを担いだオッサンに話しかけられた。
「ん? あぁ・・・オッサン」
「おいおい・・・どうした、いつもの元気は」
怪訝そうな顔をするオッサン、そんな顔をしていても一応心配はしてくれるようだ。
「いやさ・・・オッサン、ちょっと話し聞いてくれないか」
「・・・・・・まあ、暇だしいいけどよ」ドカッ
オッサンは渋い顔をしたが俺の隣に座り、黙って話を聞いてくれた。
「・・・・で結局、おめぇはその子のことをどう思っているんだ?」
オッサンは話を聞いてすぐにそう聞いてきた。
「俺は・・・」
俺は俯き、地面を見つめる。
芽衣ちゃんは可愛いし、綺麗になってた・・・でも、俺は本当に好きなのか? 芽衣ちゃんのことが・・・
「綺麗だ、とか・・・可愛いとは思ってるけど、好きかどうか・・・わからない」
俺の言葉は地面に吸われ、結局この場には残らなかった。
「そうか、なら・・・小僧、コレに付き合え」
そう言ってオッサンはバットを俺に押し付けた。
「・・・・・・・」
「なーに、ぼけっとしてんだよ、俺が投げるからおまえが打つ・・・んで、打てなければ俺様の言う事聞け」
「何だ、その無茶苦茶な命令はっ」
俺は叫ぶ。
「おまえが打てたら俺からアドバイスを一つやろう・・・これでどうだ? 勝負は一打席分のカウントでどうだ?」
「オッサンとはレベルが違うだろ、すこし練習させてくれよ」
「・・・おまえはいつ告白されるかもわからないんだろ? これはそれと一緒じゃねえか?」
・・・・・・何を言い出すんだこの人は。
「この球をそいつの告白だと思って打て、いいか?」
オッサンはそう言うと少し離れた所に立ち・・・球を投げた。
ヒュッ・・・スッ・・・
「いきなり投げるなんて卑怯じゃねえかっ」
「ああ、そりゃあ・・・てめぇなんかに打たれたかねえし」
それが本音か・・・それとも命令が楽しみでしょうがないのか・・・
「ま、ワンストライクな」
「・・・・・・・ああ、いいよ」
こうなりゃ俺も自棄だ。
「それじゃ、第二投目・・・おらっ」シュッ
俺は投げられた球に芽衣ちゃんの告白(イメージ)を貼り付ける。
『岡崎さん・・・好きですっ』
すかっ・・・、盛大な空振り。
「だぁぁぁぁぁぁ、恥ずかしいわっ!」
俺は叫び、バットを地面に叩きつけた。
「おいおい、人のバットを雑に扱うんじゃねぇよ」
半眼でオッサンに睨まれた。
「それじゃ、気を取り直して第三投」ビュッ
段々球速が早くなっていってるのは気の所為か・・・、とりあえずイメージを重ねる。
『おにいちゃん・・・大好き、結婚しよ?』
ガンッ・・・鈍い音が響き、視界がぶれる。どうやら俺の頭に直撃したらしい。
というより・・・さっきのイメージはどこのエロゲだ・・・
そう考えているうちに・・・俺は気を失った。
眼が覚めると・・・懐かしい天井。
高校の時、実家から逃げるように出た俺を匿ってくれた古河家の客間だ。
「・・・オッサンが運んでくれた・・・のか?」
どうやら布団に寝かされているらしい。俺は上半身を起こした。
「岡崎さん・・・大丈夫ですか?」
・・・・・・起こした途端、ふすまを開けて入って来たのは芽衣ちゃんだった。
自然と視線が合う・・・俺は自分の顔が赤くなるのを感じた。
「あ、ああ・・・大丈夫、だ」
しどろもどろな返答。
「ホントですか・・・ふぅ、よかったぁ」
芽衣ちゃんはヘナヘナと座り込んでしまった。
「渚さんのお父さんから『岡崎が倒れたっ!』って電話がかかって来たんで走ってきたんですよ」
あの人はなんて余計な事をするんだろうか・・・というか、ピンポイントに何故芽衣ちゃんを呼んだ・・・。
「岡崎さん、本当に大丈夫ですか?」
いつのまにか芽衣ちゃんはすぐ傍まで来て、俺の額に少し冷たくて滑らかな手の平を当てていた。
「熱は・・・無いみたいですけど、顔赤いですよ?」
「あ、大丈夫・・・ちょっとばかし酒飲んでたからさ」
俺はバレるような嘘をついた。
「岡崎さんはお酒飲まないでしょ、おにいちゃんから聞いてますよ?」
というか・・・ほんとに芽衣ちゃんは俺の事が好きなのか?
「・・・・・・・・・」
俺は黙って芽衣ちゃんを見てみた・・・俺に接する態度はいたって普通だ。
「なあ、芽衣ちゃん・・・変なこと聞くけどさ・・・好きな奴っている?」
何を聞いてるんだ俺は・・・
「え? 岡崎さん、どうしたんですか急に」
キョトンとした反応、これでも俺が好きなら女優にすらなれるのではないか?
「いや、ただなんとなく気になっただけ」
これ以上つっこめない自分が情けない・・・
「そうですねー、あ、一人・・・いますけど・・・・・・多分ダメですね」エヘヘ
すこし悲しいような笑顔で照れる芽衣ちゃん。
「どうして?」
俺は何故か、訳もわからず聞いていた。
「わたしの大好きな人も好きな人だからです」
「・・・・・・いや、関係ないだろ、それ」
俺はその一言にそう返していた。
「好きなものを好きと言えないで、その大好きな人に遠慮する気か? それこそ、大好きなそいつを芽衣ちゃんが嫌いになっちまうかもしれないだろ・・・嫌いにならなくても、距離を置いちまうかもしれないだろ」
矢継ぎ早に出てくる言葉。
「だったら、その想いをその大好きな人にも伝えてそんで告白しちまえ・・・ま、俺が言えんのはそれくらいだ」
そう言って俺は立ち上がり、客間を出た。その際、芽衣ちゃんの顔を見ることは出来なかった。
俺は何を言ってしまったんだろうか・・・・
結局、体調が治って『大丈夫です』と言ったところで夕飯の準備もされており、古河家で食べていく事に・・・
食卓には俺、オッサン、早苗さん、古河、芽衣ちゃん・・・の5人。
賑やかな喧騒の中、俺一人だけが浮いたように静かに飯を食べる。
「岡崎さん、元気ありませんね・・・大丈夫ですか?」
早苗さんの心配する声。
「あ、はい・・・懐かしくて、色々とあの時お世話になったのに何も返せてないな・・・って」
それは思っていた事だが、今考えていたのは違う事だ。
「そんなもん気にすることねーよ」
オッサンはそう言い捨てて・・・・
「早苗おかわりー」
元気な一言を上げていた。
夕飯も食べ終わった事で俺と芽衣ちゃんは帰ることになる。
変える際にオッサンに肩をがっしりと組まれ『しっかり送ってってやれよ』そう言われた。
「芽衣ちゃん、送ってくよ」
「あ、はい・・・ありがとうございます」
それ以降、会話は無く・・・ただ無言で寮まで送って行った。
「岡崎さん・・・勇気出して打ち明けてみようと思います」
寮に着くなり、芽衣ちゃんは俺にそう言った。
「ああ、そうした方がいいぞ・・・だっておまえが大好きってことは、それほど大切なんだろそいつの事も」
「はい・・・」
「だったら、隠し事しないでちゃんと話せ・・・そうすればわかってもらえるよ」
俺はそう言って芽衣ちゃんの頭をポンッと手を乗せ。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい、岡崎さん」
挨拶をして自身のアパートに向けて歩き出す。
そしてアパートに着くと・・・・
「岡崎ぃ・・・・・・お腹空いたよ」
すっかり忘れていたが、腹を空かせた春原がいた。
「悪ぃ・・・先食って来た」
「・・・・・・・・・・・・」パタ
力なく春原は倒れた。
「ふぁぁ・・・・・風呂入って寝よ」
「無視ってアンタ酷いっすねぇ!」
・・・・まあ、結局の所、余りの飯で炒飯を作ってやり、洗い物はやらせた。
そして、寝る際に思い出す。
明日って智代の誕生会じゃん・・・・・・
色々あってすっかり忘れていた俺であった・・・
「プレゼントは買ったし・・・時間も杏に教えてもらってるからいいとして・・・」
なんだ・・・準備はもう終ってたのか。
「ってちがうっ、ケーキ頼まれてたじゃん俺・・・・・・」
明日はどうやら仕事を休まないといけないようだ・・・いや、待てオッサンに頼めば・・・
そこまで考えて俺は止まった、芽衣ちゃんのこともあるんだよな・・・・
「まず、朝一で行ってみるか」
俺は眠りについた。春原はとっくに夢の中だ。
10月14日(木)
本日は春原を送り出した後、俺は一人私服で古河パンに向った。
「ちーすっ、オッサンいる?」
古河パンに着くとそう言いながら入った。
「あ、岡崎さん? 今日仕事が終ってから来るんじゃなかったんですか?」
「あ・・・いやな、古河・・・ちょっと頼みが」
「・・・?」
頭を傾げる古河に俺は説明した。
「〜と言う訳なんだ・・・」
内容としては仕事で店に行けなかったとか・・・とにかく芽衣ちゃんのことは伏せておいた。
「そうだったんですか、それじゃあお父さんが今パンを焼き終わったら聞いてみましょう」
とりあえず一息つく、俺。
よかった・・・、なんとかなりそうだ。
「わかった・・・・小僧、俺様とおまえで立派なケーキをつくろうじゃないか」
何か企んだ笑みを浮かべているがこの際、気にしてはいけないだろう。
「ああ、わかった・・・頼んでおいて手伝わないわけにいかないしな」
オッサンはそう言った俺の肩に腕を回して・・・
{おい、昨日はしっかりと送ったか?}
{送ったよ・・・}
小声で話す怪しい二人。しかし、古河は店番に戻って行ったので俺らを見ている人物はいない。
{で・・・話せたか?}
{おやすみ・・・くらいは言った}
オッサンはゴミ虫を見るかのような目で俺を見て・・・・
{それでも男かよ}
ぼそっと呟いた。
「しかたねーだろうがっ! こっちは気付いてても向こうは俺が知らないと思ってんだからさ・・・」
はじめこそ叫んでしまったが、後半になるに連れて声は弱まっていった・・・
「どうかしましたか?」
俺の声を聞いて早苗さんが来てしまった。
「あ、早苗さん後でケーキ用にホイップクリームとかイチゴとか貰えませんか?」
「あ、はい、わかりました」ニコッ
早苗さんはそれを聞いて店の方に行ってしまった。
「あれ、今日って早苗さんパン作らないのか?」
確か、オッサンが焼き終わった後に入れ替わりで早苗さんが焼いているはずだ。
「ああ、今日は誕生日会があるからご馳走作るためにパンは作らない事にしたんだよ」
オッサンは生地を混ぜながら言う。
「こっちは小僧、おまえが混ぜろ」
「あ、ああ」
そして、しばらくカシャカシャと混ぜる音だけが工房に響く。
「それで・・・結局おまえは告白されたら受けるのか?」
先に混ぜ終わったオッサンが俺に聞いてくる。
「・・・・・・・正直わかんないけど、仮に付き合ってた事もあったし」
オッサンはタバコをぽろっと口から落とした。
「おいっ! それは聞いてなかったぞっ!」
「ん? だって、フリをしてくれって言われてただけだからな・・・・そん時は」
それから俺はタバコを加え直したオッサンにその時のことを話した。
「なるほどな・・・・・・小僧、しっかり責任取れ」
「・・・・・・はぁ?」
何故そんな事を言われないといけないんだ?
「俺が察するにはだな・・・おまえがその役をやった事でそれ以上の男がいるように見えなくなったんだろ」
俺は未だに頭に?が浮んでいる。
「つまり、おまえ以上にいい奴が現れなかったってことだ」
「それじゃ、この先現れたら俺じゃなくていいってことだろ」
・・・・・・・・・二人の間に沈黙が流れる。
「なら、現れなければ・・・小僧、おまえはいいって言うのか?」
「・・・・・・・・」
俺は何も言えなかった。
「まあいい、それはおまえ個人が決める事だ」
オッサンは一旦目を伏せ、そしてカッと開くと俺に向けてこう言った。
「だがな、一つ言わせて貰うぞ・・・人生そんな甘くねえ、人一人受け入れられないで、生きていくのは無理ってことだ」
その時のオッサンはとても輝いて見えた。
「春原ってやつ助けた時みたいにそのこのことも考えてみたらどうよ」
そう言ってオッサンはケーキの生地を併せて型に流し、オーブンに入れた。
「これでおまえの仕事は終わり、後は俺に任せておけ」
しっしっと俺は追い払われ、古河に変わって店番をする事になった。
「仕事は休みを貰ったからな・・・そして、忙しい時間帯も過ぎていた様で客は来ないとなると・・・眠気が」コクッ
・・・・・・・・俺は夢を見た。
河原の坂に寝転がっている俺の横に座る芽衣ちゃん
楽しそうに話、笑いあう俺たち・・・・
俺はありえない・・・そう思っていたがどこかその光景は羨ましくも思った。
すると俺と芽衣ちゃんは俺の方を向いた。
何故そんな感じがするかといえば・・・夢だからだろう。
二人は肩を抱き合い・・・・
「 」
そう言った・・・
俺は目を覚ました。
「起きましたか?」
レジの前・・・目の前に公子さんがいた。
「すみません・・・寝てしまってたみたいで」
俺は慌てて佇まいを直す。
「いいえ、大丈夫ですよ」
ふふっ、と微笑みを浮かべて公子さんはそう言った。
「でも、岡崎さんが店番だなんて、祐君から聞いてませんけどクビにでもなったんですか?」
「ああ、違いますよ・・・今日は友人の誕生日会を古河の家でやることになってたんで、それの為っす」
ちゃんと休み貰いましたよ? 俺は公子さんにそう言った。
「そうだったんですか、それじゃあコレ下さい」
そう言って公子さんはトレーに乗せたパンをレジに出した。
「はい」
入れ替わる際に古河から教えてもらった事をやる、以前は無理だったかもしれないがこれでも一応社会人になって仕事を覚えるのは早くなった。
買い物が終った公子さんを店先で見送るとオッサンが俺を呼んだ。
「おい、小僧ちょっと手伝え」
「ああ」
オッサンの所に行くと、目の前にはココアのような茶色い記事と卵をうまい具合に使ったような黄色の生地がマーブル模様を描いたケーキが台の上に乗っていた。
「これってクリームとか塗るのか?」
ここまでキレイなら塗る必要はないのではないかと思う。
「これは上に粉砂糖をかけて、完成だ」
「ふーん、で・・・手伝う事は?」
俺はオッサンを見る。
「こっちは塗ったり、乗せたりしないといけないんだよ」
そのキレイなケーキの横には黄色いスポンジケーキがあった。
「おまえはどんなケーキにしたいんだ?」
おまえのセンスをバカにしてやろう・・・そんな魂胆が丸見えの顔をオッサンはしていた。
結局、シンプルに白いホイップクリームを塗り、イチゴを乗せるという普通のケーキが出来た。
俺は、オッサンに伝えた。夢で見たことを・・・その夢で言われた一言を・・・・
オッサンは笑わないで聞いてくれた。夢は夢だと馬鹿にせず・・・・
「そうか」
ただ一言そう言ってくれた。
そして、俺の肩を叩くと
「それじゃ、ま・・・この間の再戦でもしておくか」
そう言って俺を目の前の公園に連れ出した。
「ルールは前と一緒だ、いいな?」
「ああ」
周りからは遊んでいるようにしか見えないが、俺らは真面目だ。
「それじゃ、第一球・・・・」シュッ
スカッ・・・・空振り。
「ダメダメ、次ぎ行くぞ・・・・」ヒュッ
カッ・・・・ファール。
「おっ、当ててはきやがったな・・・・だが、これで終わりだ」ビュッ
三投目のオッサンの球は反則級に早い・・・・でも。
「俺は打つ!」
カァーン・・・・特大のホームランだった。
なんか・・・・吹っ切れた気がする。
その後、打った球は磯貝さんの家の窓を破っている事を知り、俺は頭を下げに行く事になった。
しかし、決して怒られる事は無く、笑って許してくれるのだった。
時刻は刻々と過ぎ・・・・
客間には色紙で作った飾が、オッサンと作ったケーキは冷蔵庫へ・・・
プレゼントは客間の押入れに隠し、古河と杏、早苗さんは料理を作っている。
一方俺は店前を掃除しているわけで・・・・これには理由がある。
10分前、春原が仕事を終えてやってきた。
{なあ、岡崎・・・準備は出来たのか?}
「ああ、なんとかな」
朝、春原が行く前に一応説明はしていたのでその様な話になる。
ちなみにこそこそと春原が話すには杏に伝えてはまずいと思ったのではないかと思う。
「杏にはバレたけどな・・・・俺が注文し忘れてた事」
「まあ、杏には正直に言っておかないとねぇ」ドムッ
ハハハと笑う春原に広辞苑が突き刺さった。
「あれ、陽平いたの?」
ならなんで当たるんだろうな・・・・
「ああ、朋也でも陽平でもどっちかここ掃除して、残りは智代達を迎えに行ってくれない? 渚の家わからないと思うのよ、駅にいるはずだからお願いねー」
そう言って杏は再び古河家の中に戻っていった。
「・・・・・掃除かお迎えか、春原おまえはどっちだ? 俺は迎えがいいな」
「え、そりゃ迎えでしょ」
・・・・かぶった。
「じゃんけんか・・・・」
その結果がこれだ。
「なんであそこでパーを出しちまったんだ・・・」
激しく後悔。
春原が到着するまでの間に、ことみ・藤林・宮沢・仁科・杉坂がやってきた。
藤林が勝平は来年には退院できるかもしれないと言っていた。
まあ、それは来年の楽しみにしておこう・・・そう俺は思った。
「あれ、宮沢・・・智代と一緒じゃないのか?」
「ああ、坂上さんなら春原さんが先に連れて行かれましたけど・・・・」
「いや、まだ来てないぞ?」
・・・・あのバカは何をやっているんだ。
「まあ、いいや・・・先に入っててくれ」
俺はそう促して、春原に電話をかける。
『あ、岡崎? もうすぐ着くから心配しないで』
「心配も何も、おまえの心配はしてないが・・・・智代は?」
『・・・・それなら心配ないよ、今もうすぐ一緒に着くから』
小声で酷いっすね・・・・と聞こえた気がするが、気のせいだろう・・・とりあえず、そう言われて電話が切れた。
それから数分後、春原が曲がり角から姿を現す。
「春原・・・・智代は?」
「あ、ああ・・・・あそこ」
気まずい表情をして春原は一つ向こうの電柱を指差す。
俺はその電柱に目をやると、智代が顔だけを出してキョロキョロしている。
「なにやってんだ?」
「あー・・・岡崎、智代見ても笑うなよ」
「どういうことだ?」
「いや、衣装をプレゼントしたんだよね僕」
・・・・その一言で俺はこの間の衣装屋を思い出した。
「今買ってきたのか?」
「ああ、そんで着てもらったんだ、だって今日の主役だし」
そう言って笑う春原は・・・・気持ち悪かった。
「あんた今すっごく失礼な事考えませんでした」
「それより、智代連れてこないと誕生会できねーだろ」
そう言って俺は智代に近づいていき・・・・
「おい、さっさと行くぞ智代」
そう声をかけた。
「岡崎・・・・これを見てどう思う」
智代は自分の着た衣装の裾をつまみ聞いてくる。
その衣装は黄色のドレス。春原にしてはいいセンスだとは思うが・・・
「いや、似合ってると思うが・・・少し派手か?」
俺は率直にそう答えた。
「そうか・・・似合うか」
智代はなにかぶつぶつ言っているが気にしない事にした。
「ほら、皆待ってる」
俺は智代の手を取り、引っ張っていく。
「あ、ちょ、岡崎、そんなに引っ張らないでくれ、転んでしまう」
そう智代は言うが、もう既に古河パンに着いてしまったので転ぶ事はなかった。
古河家に入ると杏が出迎えた。
「智代・・・・その格好どうしたのよ」
「春原からの誕生日プレゼントだ・・・似合わないなら着替えたいんだが・・・・」
恥ずかしそうに智代はそう言うが・・・・多分、私服に戻りたいのではないだろうか?
「まあ、今日の主役だし・・・似合ってるからいいんじゃない?」
杏がそう言ったために智代は脱ぐに脱げなくなったようだ。智代はうな垂れていた。
それから準備も整い、主役も着いた事によって誕生会が始まる。
「それじゃ、全員揃った事だし・・・・せーの」
「「「「「「智代(坂上さん)(智代さん)お誕生日おめでとーっ!!!!」」」」」」
カーンッ、お祝いの言葉と共にグラスがぶつかり軽快な音が鳴る。
それが合図となり、誕生会は始まる。
時間は少し経ち・・・
皆でケーキを食べ終えた所でプレゼントタイムに入る。
春原のプレゼントは既に智代が着ているために皆にお披露目されているが、他の人のは何かわからない。
そう、何がプレゼントなのかというのは本人ではないが一種の楽しみではないだろうか。
「それでは、はじめに私たちから」
そう言って最初にプレゼントを出したのは仁科と杉坂、宮沢だ。
3人はストールとブローチ、ブレンドされたコーヒーをプレゼントしたようだ。
「それじゃ次は私たちなの」
そう言って出して来たのは、ことみ・古河・藤林のボケ3人娘。
プレゼントは左から、なにやら難しい英語の本・可愛らしい髪飾り・占いの本だ。
「それじゃ、最後はあたしと朋也から」
そう言って俺と杏は押入れから二つの箱を取り出し、渡す。
そこにはふわふわのヒツジのぬいぐるみと、愛くるしくも存在感のあるクマのぬいぐるみが。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
智代は子供のような笑顔でその二つのぬいぐるみに抱きつき、頬擦りをする。
どうやら気に入ってもらえたようだ。
それからも誕生会(後半は飲み会と言ってもいいが)は続いていく。
「おかひゃきしゃん、おかひゃきさん・・・・のんれますかぁ〜」
古河が壊れている。
「ああ、飲んでるよ」
「そうれすか・・・それならいいれす」
そう言って古河はことみたちの方へ行ってしまった。
俺はこっそりと智代の方に行き・・・・
{悪い、先に帰るな・・・・明日も仕事だし}
小さくそう言って了承を貰い、俺は早々に退散した。
ちなみに、春原は置き去りだ。
俺は一人静かに帰宅した。
すると一通の手紙。
俺はその手紙を開け、中の手紙を読んだ・・・・・・・
10月30日(土)
手紙を貰ってから16日後。俺は河川敷に来ていた。
何故ここにいるかというと、手紙にこの場所、この時間が書いてあったからだ。
「誰から出されたかもわかんねー手紙に来るなんて、なにやってんだかな・・・俺」
そうぼやきながらも、俺は河川敷の坂に座り込んで川を見ている。
時刻は正午を少し過ぎた辺りだ。今日は天気もよく10月にしては暖かい。
「ふぁぁ・・・やば、眠くなってきた」
そのまま俺は寝てしまった。
「・・・・さん、岡崎さん、起きてください・・・・風邪引きますよ?」
「ん? あれ・・・・芽衣ちゃん、なんでここに?」
目を擦りながら起き上がる俺。
「あれ? 岡崎さんがこれ出したんじゃないですか、名前入ってましたよ?」
そう言って芽衣ちゃんは、俺に出された物と同じ手紙を見せてきた。
それを受け取り、俺は中身に目を通す。
内容は俺の物より詳しく書いてあり・・・・・
春原芽衣様
申し訳ありませんが10月30日の3時過ぎに河川敷にいらして下さい。
理由はその時にお話しますので、それまでは聞かないで下さい。
他言も無用でお願いします。
岡崎朋哉
俺の名前間違えてんじゃん・・・・
「俺は出した覚えはないし、朋也の也が間違ってるから・・・・そもそも、手紙出すようなやつに見えるか?」
そう言って手紙を芽衣ちゃんに返す。
「そう、ですよね・・・・」
なんか少し残念そうな芽衣ちゃん。
「そういえばさ、あの事どうなった?」
俺は例の大好きな人にちゃんと事実を告げたか聞いた。
「あ、それはしっかりと伝えましたよ」
すっきりとしたような表情の芽衣ちゃん。
「そしたら、それでは勝負です・・・・そう言われました」
「そっか・・・・」
河川敷に座って二人で川を眺める。
「岡崎さん・・・・」
「どうした?」
名前を呼ばれて俺は芽衣ちゃんの方を向く。
「今日って岡崎さん誕生日ですよね?」
「あー・・・・そういえばそうだった」
そういえば・・・・と俺は自分の誕生日をすっかり忘れていた。
「それでですね・・・・夕食私に作らせて貰えませんか?」
そう頼まれてしまった。ちなみに春原は6日前に自分のアパートに移ったので今は俺一人だ。
「いいのか? 男の部屋に一人で上がりこんで」
「岡崎さんですから、大丈夫ですよ」
それじゃ、夕方行きますねー・・・と言って芽衣ちゃんは走って行ってしまった。
・・・・俺としては春原の一言がなければ普通に喜べていたのであろう。
「はぁ・・・・」
深い溜息をつき、俺は河川敷を後にするのだった。
夕方・・・・宣言通りに芽衣ちゃんは俺の部屋で料理を作ってくれた。
「岡崎さん今日はたんと食べてください」
両手を広げさあ、さあと勧める芽衣ちゃん。
「美味そうだけどさ・・・芽衣ちゃん、お金大丈夫だったの?」
「はい、大丈夫でした」
ハッキリとそう言った芽衣ちゃん。
そこでこの話は終わりと言いたいのか、芽衣ちゃんは食べてくださいと言ってきた。
「ああ、うん・・・それじゃ、いただきます」
それからは春原とはまた違う、楽しい会話の食事。
「うぅ・・・おにいちゃんたら、何やってるの・・・・」
春原の心配をする芽衣ちゃんは以前と変わらない。
「そういえば俺だけに芽衣ちゃんがこっち来てるの、教えてもらってなかったんだよな」
しみじみとそう言うと芽衣ちゃんは・・・・
「あー、お兄ちゃんから聞きました」
何故か頬を赤くする。
「岡崎さんっ」
急に大声を出され驚く俺。
「な、なんだ?」
声も上ずってしまった・・・・多分、何か期待していたのかもしれない。
「ちょ〜っと動かないでくださいね」
そう言って芽衣ちゃんの手が俺の頬に伸びてきて・・・何かをつまんで口に運んだ。
「ご飯粒がついてましたよ」
・・・・・あの、それすごく恥ずかしい。
「・・・・・・・・・」
芽衣ちゃんも気付いたのか顔が赤くなる。
無言の二人。そのまま夕飯を食べ、片付けは二人でした。
時刻は7時35分。
・・・・・俺は勇気を出してあることを聞いてみる事にした。
「芽衣ちゃんのさ・・・・好きな奴ってどんなやつ?」
「え・・・・」
驚いたように芽衣ちゃんが声を上げる。
「春原のやつがさ・・・・俺の知ってるやつかもしれないよって言ってたからさ」
大事な所はちょっと嘘をついてしまった。
「はい・・・知ってる、人です」
「そっか・・・・羨ましいな、そいつ」
「へ・・・・」
「だってさ、こんな綺麗で可愛い子が彼女なんてスゲー幸せだと思うぞ? あー問題は春原だけどな」
はじめは真剣に言ってのけたが、最後は結局冗談を入れてしまった。
「岡崎さん・・・・少し、少しだけ真剣な話をしてもいいですか?」
熱を持ったような瞳で俺を見る芽衣ちゃん。
「あ、ああ・・・わかった」
俺は佇まいを直し、芽衣ちゃんの正面に座る。
「私の好きな人は友達想いで、口が悪いです・・・・初めて会った時はおにいちゃんの寮の前でした・・・・
その人のお陰で色々楽しかったし、地元にいた時には出来ない体験を色々させてもらいました」
これってやっぱり俺・・・・だよな。
「恋人役・・・と言いますか、その様な事までしてくれて・・・昔のようなおにいちゃんの姿も見れました」
懐かしむような顔の芽衣ちゃんを見て俺は・・・・決めた。
「もう分かってるかも知れないですけど・・・・岡崎さん、私は岡崎さんのことが好きです」
真剣で真っ直ぐな瞳が俺を見る。
「俺も・・・・芽衣ちゃんの事が好きだ、そしてごめん」
俺は頭を下げる。芽衣ちゃんは嬉しさ半分、ごめんの意味がわからないでいる。
「春原からさ、芽衣ちゃんは俺の事が好きなんだって言われてさ・・・・芽衣ちゃんを幸せにしてくれって言われたんだ・・・・でもさ、ホントの事かわかんないしさ、その場は考えさせてくれって答えた・・・・でも、今なら答えられる」
俺も芽衣ちゃんの目を見る。
「俺は春原芽衣のことが好きです、一度は手放してしまったけど・・・・俺はもう手放さない、俺と一緒になって下さい」
俺は頭を下げ、手を差し出す。
「はい・・・・岡崎さん、不束者ですけど、よろしくお願いします」
芽衣ちゃんは差し出した手を優しく両手で包んでくれた。
そんな空気が落ち着いてきた頃
「あ、そろそろ帰らないと・・・・」
「そういや、寮生活だったな・・・・送ってくよ」
そう言って俺は芽衣ちゃんを送っていく準備をする。
「はぁ・・・帰りたくないなぁ」
「流石に寮生が帰らないのはマズイだろ」
俺はそう言って芽衣ちゃんを小突く。
「むぅ〜」
「はぁ、いつでも来ていいからさ、まず今日は帰ること・・・いいな?」
なんて・・・ことを言っているんだろうか俺は・・・・
「ほら、行くぞ」
「はーい」
俺の腕を抱きしめる芽衣ちゃん・・・・少し恥ずかしくなる俺。
8時頃、学生寮前に着き・・・・
「それじゃ、またな」
俺は片手を上げて芽衣ちゃんを見送る。
「はい、おやすみなさい」
そう言って芽衣ちゃんは手を振って行ってしまった。
そして寂しく帰る俺。
「いや・・・・幸せか、彼女送った帰りだもんな・・・てか高校三年生の彼女って・・・・」
少し考えて俺はこれ以上は想像してはいけないことを想像してしまった。
「はぁ・・・最低だ」
かなり後悔した。
部屋について少ししてから携帯に電話がかかってきた。
『よぉ、小僧・・・俺からの誕生日プレゼントはどうだった?』
含み笑いをしている声でそう言われた。
「オッサン・・・・あんたの仕業だったのかあの手紙」
『やっと気付いたのか? おまえの手紙が入ってた封筒切り開いてみろよ』
言われたとおりに切り開いてみると・・・・底の方に古川パンと書かれていた。
「なんの紙使ったんだよ・・・・」
『組み立て式の封筒を買ってきて、そこにヒント書いて作っただけだ』
「あ、そう・・・」
『ま、さっき店の前を通った時のおまえ、スゲースケベな顔してたから上手くいったのはわかったがな』
ワッハッハッハと笑うオッサン。
「つーか、それ妄想だけでまだ何もしちゃいないからなっ!」
そう言って俺は電話を切る。
ふぅ・・・・
「風呂入ろ・・・・」
こうして俺の誕生日は最高の結末で幕を閉じるのであった。
しかし、幸せはこれから始まったばかりだ。
そんな転機をくれたオッサンに感謝し、芽衣ちゃんは寝たんだろうかとか考え・・・・俺は眠りについた。